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どうして本尊仏が必要なのか?

荘厳な大宇宙。世界の天文学者が総力をあげて研究しているが壮麗な大白然の神秘は深まるばかり。摩訶不思議とも思える神仏の世界に、人類は遠く及ぶはずもない。途方もない広大無辺の大宇宙の中、いかに十万光年以上あるといってもほんの点にしか見えない。

太陽をも含む我らの銀河、その中の惑星の一つに奇跡の星、地球がある。この母なる地球に人類が誕生した。人類は無類であり、かけがえのない大切な母なる地球を無謀に蝕みこわしていることは、どのような悪影響をもたらすかを全世界の人々は肝に銘じて知らなければならない。なぜなら、それは全世界のあらゆる生命の大根源であるからだ。人類も大白然の法則やすべての真理によっての宿命があり、いつしかその命の終焉を見る。

人はその僅かな刹那の命に生き、四苦八苦の苦しみを受ける。ほとけさまは大自然の法則や真理を説き、人智の及ばぬ法力をもって人類を苦しみから救おうとして下さっている。しかし人は慈悲を知らず、あくせくと生業に追われている。ほとけさまはさまざまな如来や菩薩等に変化して、千差万別の教示をしている。その法力が人類総てに及ぶことを主願として…。

例えば阿弥陀如来を本尊とする宗派は浄土を主とする法(教え)を説き、大日如来を本尊とする宗派は大日如来を根源とする法を説く。更に日蓮宗のように大宇宙に存在する諸仏・諸菩薩・諸天神等を一同にした大曼荼羅を本尊とし、法華経の法を説くといった具合に、各宗派のそれぞれの本尊や諸菩薩から人智を超えた法力を教示している。人は素直にこの教示を受ける事によって、大きな功徳を授かる事ができる。

その功徳をもって何代にもわたる先祖の供養ができる。その上に日々厳しい生業から生じる悪行をも、ともずれにした諸々の苦しみから救われるのである。しかし愚かな人間は、苦しい時は一生懸命に手を合わせ神仏に鎚ったりするが、願いが満たされると忘れてしまう。いつまでも清く楽な気持ちが保てるように、各宗派の本尊仏や諸菩薩のお姿を拝することによって法力を思い出し、教示を受けることができるのである。そのことによって豊かな心になり、優しさが増す。人々は互いに思いやる心があれば、必ず幸せな一日を重ね過ごせる。もしこれが本尊のおかげと思えたら、信者として、仏家として、人として最高である。

重ねて申し述べますが、各宗派の本尊さまはそれぞれ人智を超えた神通力や法力があり、その法力をもって三世の世界を加護し、教示してくださる訳です。お仏壇に本尊仏を迎えて「仏の壇」つまり仏壇になるのです。お位牌のみだとそれはお位牌壇ということです。それゆえに本尊さまの存在は不可欠ということになる訳でございます。
合掌

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